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2025/05/16

小咄


さあ、さあ。そこ行く御仁、ちと足を止めて。
そう、そうとも、お前さまだ。

お前さま、この所眠れなかったりしないかね?
うん? そう、眠れるか。それは良かった。
私か。私はね、夢売りさ。
嗚呼、こらこら、行きなさんな。冗談を言っている訳では無いのだよ。
そうとも、私は夢を売る。
眠れぬ者にも売るし、先を知らぬ者にも売る。
お前さまはどちらかね?
夜、たんと眠れるのかい?
毎晩夢を見るのかい?
それとも、遠い未来に抱くものがあるのかい?
さあ、お前さまの望む夢はどれだろうね。

奇妙な事を聞きなさる。
夢が何かは、お前さまの方こそよくよく承知の事だろう?
お前さまにとって夢は何だね。
安らぎか、平穏か。
息抜きか、歓楽か。
酒に酔うより健全な酩酊か、粉を舐るより安易な安楽か。
或いは胸を焦がし先へ先へと向かう糧、焦がれる未来の姿形かい?

嗚呼、これ、何処へ行きなさる。
まあまあ、そう急ぎなさんな。
今し方言ったばかりでは無いかね、決して冗談を言っている訳では無いのだよ。

やれ、疑り深い御仁だな。
ならばこうしよう、お前さまの望む夢を教えてご覧なされ。
私はその中からひとつ選んで、お前さまに教えて差し上げよう。
買うか買わぬかはお前さま次第だよ。
うん、そうだとも。夢にはね、幾つもの種類があるのさ。
お前さまが望む夢にも、幾つかの形がある。
さあ、さ、お前さまは何をお選びなさるかね?

知らぬ姿に、知らぬ生き様?
嗚呼、人間はお嫌か。成る程、もう飽き飽き為されたと。
それなら、お前さまにはこの夢が良い。
そう、此処にはね、白い狐の夢がある。墨絵で描かれた狐だよ。
ははあ、その顔は嘘だとお思いだね。良いとも、少し話してお聞かせしよう。

遠い、遠い山奥での事だ。
或る所、深く深く木々の間を分け入って、人々にさえ忘れ去られた山奥に、一人の絵師がおったらしい。
ただしその絵師は両眼を病に蝕まれ、光を失った若い娘であったそうな。

ふうん、作り話とお思いかね。まあ、お聞きなされ。

娘は生まれし頃より盲いて居た訳では無いようだ。何でも未だ幼き年の頃に、熱病に冒されてな。それが原因で、永久(とわ)に光を失ってしまったのだと。
さて、幾年月が過ぎたろう。盲いた娘は双眸を塞がれこそすれど、それは美しい娘に育っていったという。
だが、如何せん深い山奥の屋敷の事だ。友も無く、それどころか歳の近い者も無く、娘はさぞや寂しかったのだろうよ。

はてな、それはどうだろう。娘がその屋敷に暮らした謂われか、生憎私にも判らないよ。
なあに、夢というのはそういうものだ。どことなく小さく隠れて、そうとも、全てが露わになる訳では無いのさ。
はは、お怒りなさるな。それよりも、話を戻そう。

盲いた娘が筆を手にした理由は、恐らく誰にも判るまい。その娘以外にはな。
娘は墨を擦り、筆に含ませ、黒い線を走らせた。
場所は何処でも良かったらしい。藁半紙の事もあれば、襖や障子の事もあった。庭の草木に塗り付ける事もあったそうな。
さて、盲の娘が如何様にして絵を習い憶えたものか。
いつしか出鱈目な線は形を結び、様々な絵を描き出していった。
蜻蛉や蛙、魚に猫。犬や馬。娘が描くのは常に生き物でな、僅かな使用人しかおらぬ山奥の屋敷で、娘はさぞや寂しかったのだろうよ。
娘がどうやって生き物の姿形を描いたものか、それは誰にも判らぬさ。大凡、幼き頃の記憶を頼ったか。 
兎角、娘は描いた。様々な生き物をな。ただ、人間だけは描かなかったようだ。まあ、人の形は難しかったのかも知れん。
娘の絵は歳を経るごとに上達し、やがて一端の絵師と称して劣らぬ腕前となった。
だが描き手は盲で、住処は山深い屋敷と来れば、若い女絵師の噂など、人里には到底届かぬものであったのだろうよ。
相変わらず、娘は孤独だった。
そんな頃、娘が一枚の絵を描いた。以来、娘は絵を描く事をぱたりと止めたらしい。
何を描いたと思うね? そうとも、白い狐の絵さ。
屏風には、大きく大きく、一尾の狐が描かれていた。
その狐はな、今にも動き出しそうなほどに生き生きとしていたらしい。
さて、筆を捨てた娘は、それからずっと、屏風と一対一よ。
部屋に狐の屏風を置いて、凝っと向かい合ってな。まるで屏風の狐が生きておるかのように始終話し掛け、時には笑い声を立てておったという。
盲いた娘と屏風の狐は、果たしてどのような話をしておったのか。
それは、夢の中で確かめられよ。

卑怯とお思いかね? そのような事はありますまい。
ほう、お買い上げなさるか。
それではお代が銭一枚、と。毎度あり。
心配御無用。お前さまが今宵、煎餅布団に包まれて瞼を瞑れば、夢はちゃあんと見られますでな。
これは失礼申した、煎餅布団は余計でしたな。
そうか、もうお帰りなさるか。それではまた、御縁があれば。


さて、本日は店終い、と。
おや白狐、おまえさんか。
先程の御仁は、どのような夢を見られようかな。
ところであの夢に如何様な続きがあったものか、おまえさんならよくよく承知していよう。

そうとも、使用人達は娘が寂しさの余り一人遊びをしていると思い、屏風に話し掛ける様子を気にも留めなかった。
しかし何時しか、屋敷に狐の鳴き声がするという者が現れた。それも次々にな。
無論、山に囲まれた屋敷の事、狐の一匹や二匹彷徨こうと気になるものでは無い。
だが、誰が言い出したか。狐の鳴き声は、どうやら娘の部屋から聞こえるという。
不気味に思った使用人達は娘から屏風を取り上げ、それを火にくべたところ、何処ぞで狐が一声啼いたそうな。
その声を耳にした娘は屏風の燃える炎に飛び込んで行き、……はて、そうしてどうなったか。
まあ、つまらぬ夢のひとつに過ぎまい。

小咄、小咄と。

――――――――

前の記事に夢売りと墨絵の狐というのを(名前程度に)ちょこっと出したので、そのついでとばかりに書いてみました。一発書きなので色々と変な所がありそうですが(文法とか特に)、見逃して頂けると幸いです。


小咄と書くと落語やらを思い浮かべそうですが(自分だけかも知れませんが)、小さな話やちょっとした話、作中においては些細な世間話、といった程度の意味で使っています。意味を取り違えているかもしれないと冷や冷やしています。違っていたらすみません……。

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2010/11/25 書き物 Trackback() Comment(0)

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